【嘘はいかんっ!】良い嘘と悪い嘘の話。

スポンサーリンク

嘘をついた、あるいは分かり切った嘘をつかれた経験はありますか?
私は最近嘘をつかれました。良くも悪くも嘘は良くはありませんし、特に理由を付けられない嘘であれば人からの信用はなくなってしまいます。私が感じたその”嘘”の善悪について考察したいと思います。

悪い嘘の話

前述にもありますが、嘘をつくことは良くはありません。それは…
・自分に対しての嘘
【できないことを言う】
【無理を強いる】


・相手に対しての嘘
【やっていないこと、できないことを『やった、できた』といってしまう事】
【冗談では済まされない事】
【嘘だと思ってその嘘を嘘で返してしまう事】
【相手を混乱させるような嘘、事実確認ができない嘘】

いろいろな形があると思います。私がなぜ今回”嘘”について話をさせていただくのかと言うと、救えない嘘があったから、その人間の人格構成や背景が少しだけ見て取れてしまったからです。先に言ってしまうと平気で嘘をつくことが出来る人は『自分を律することができない、逃げてばかりしてしまう、人に頼ることもできずに弱くなってしまう』そんなところだと思います。

嘘を付ける人とはどんな人なのか?

嘘を付ける人を私はこう見ています。
・育ちの環境(親、教育、友人関係)
きっと育った環境が悪いのだと思っています。教えてくれる人が周りにいなかった、嘘をついて失敗をしたことなく守られてきた人、それらが小さな頃から整ってしまっている環境ならば仕方がない部分はあるのだと思います。だから可哀想だとも私自身感じてしまうことがあります。

・自分に自信がない
誰しもカッコよく、可愛く、羨ましがられるように周りから見られたいと思います。だから自分を大きく見せることや、びっくりさせたいがために大きなことを言う。そうすれば周りは振り向いてくれる。そんなところだと思います。

経験則からの話

あまり語りたくない私自身の経験ですが、小さな頃(小学校低学年時)に上級生にいじめられてお金をせびられたことがあり、お金を渡していました。それはさらなるいじめの恐怖と、肉体的苦痛から逃れるがための方法でした。そのお金というのは母の財布から抜き取ったものです。当然ながらお金がないことに母は気づいて色々と疑います。私は頑なに嘘を突き通していましたが、最終的には証拠が見つかってしまい嘘がバレてしまいました。
家族の使う生活費を使ったことは、この嘘がバレたときに初めて事の重さを小学生ながらも強く感じました。このときに私自身には真剣に叱ってくれた人や迷惑をかけてしまった事への罪悪感が心の中に生まれ、その経験から嘘をつく事が本当に悪い事だと考えるようになり感じるようになりました。

ただ、私はそのタイミングや運が良かったのかもしれません。小さな頃にきっかけがあった事、普通許されることではない事なのに、大人になった今も思い出して反省する事でその事にお咎めがない事も、小さな頃に気づけたからこそ、とてもありがたく感じています。

嘘を隠し通せる人、嘘だと思わせない人『良い嘘』

どんな人でも1つや2つ嘘はついていることは必ずあります。それでもみんなから信頼されていろんな人が寄ってくる人もいます。中には良い嘘だってあります。思いやりや謙遜すると言った意味でそう言った嘘をつくことはあります。
・頼まれていない小さなことを黙ってやっておいた
・励ます意味での嘘
・騙してモチベーションを上げるための嘘

本来ならば嘘よりも真実である方が良いと思いますが、良い嘘というのは時に”魔法の言葉”になる時があります。同時に私は良い嘘の場合は”魔法の言葉”として発することがあります。

『得を与えることは得として返ってくる』

嘘を言って励ましたことでその人の良い成果として繋がったのならこれは前述の”魔法の言葉”なのだと思います。




コメント

タイトルとURLをコピーしました