人としての”器”とはどういう事なのか?

器が大きい小さいと言われる事

会話の中でも心の中でも『あの人器が大きな人だなぁ』『なんて小さな人なのだろう』『自分ってまだまだ器が小さいなぁ』この”器”の意味って何だろうってよく考えさせられます。
自分でもこの”器”の捉え方は正解が分かりませんし、自分の精神状態や都合で変わることもあります。できることなら冷静でいられる時に自分の器や相手の器を計って反省や目標、尊敬をしたいとは思っています。

器が大事な意味を持つ

自分一人で何かやることも、他人と何かすることも器が大きければ力が発揮できます。
穏やか、努力ができる、我慢ができる、思いやれる、勇気がある、優しい、叱ることができる、愛がある。器とは人から見られたときの良い部分であり、小さいと言われたら悪い部分であったり改善する部分でもあります。
器が大事な部分で言えば仕事やプライベート、自分が人にもたらす影響として相手に力を与えられるきっかけになるのだと思います。

笑っている人は器が大きく、怒っている人は器が小さい

笑っている人、冗談が言える人、周りを明るくできる人は器の大きな人だと自分は認識します。色んな人も寄ってきます。
それに対して怒っている人や表情が常に暗い人には周りはあまり寄り付きません。自分もそうです。叱れる人というのは別です。
友達を選ぶことはできます。あまり器という見方はしないと思うのですが、自分や相手の性格にも左右されると思います。切り捨てることもできます。
家族や仕事場での相手はどうでしょうか?選ぶことができません。パパママが怒ってばかり、職場の先輩が頭ごなしに言ってくる、もう嫌だ。そう思うことだってあると思います。パパママ最高!先輩が頼れるなぁ、毎日結局楽しい。そうやって思うこともあると思います。いくら自分の器を計ることができたとしても相手にその器は左右されます。

相手の良いところを見つけ、探し続ける

自分はその人生の中でとても”運”が良かったのだと思います。社会に出て自分の親よりも年上の先輩に『人と接していると悪いところばかり見つけてしまうから嫌になる。良いところを見つけて探し続けてね。〇〇君ならできるから』その時はその言葉の意味が分かりませんでしたが、今となっては金言です。その言葉の意味が少しづつわかるようになりました。
会社を例にあげるのならば集団活動。誰かが言った一言に理由もなく頷くことがあるのであれば拡散して結果”流される”そんな風潮はあると思います。無難だと思いますが、そのような接し方をしていたら本物は見えてきません。褒める内容であればまだ良いのかもしれませんが悪口やけなすことであれば百歩譲って自分の目で確認してから物事を判断するべきです。よくある話ですが、それすら影響されて悪口に加担してしまう。そのような風潮も多くあると思っています。

良いところを見つけるのは簡単なことではありません。でも自分はこうなんだ、誰が〇〇君のここが悪いと言ってたとしても彼がこういう理由でそういう答えを出したのではないか?』良いところを探し続けられる人はそうやって相手を考えることができます。自分が接してきた人たちの中で器が大きいなと思える人は皆そうやってアプローチしています。

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