”自分を大事にできない人は相手を大事にできない”と思いました。好かれる自分でいるために肝に銘じておく事

自分を雑に扱う人は他人を傷つけます

自分が大好きな人。その事を人に胸を張って言える人。そんな人には同じような人が寄ってきます。
自分が嫌いな人。コンプレックスを感じる人。これまた同じ人が寄ってきます。
悪口を言う人。同じく悪口を言う人が寄ってきます。

”類は友を呼ぶ”

一番よくないことは”自分を雑に扱う人”これだと私は思います。例えば『着る服、食べるもの、住むところなんてどうでもいいや』って思っている人は改めた方が良いと思います。そう明言する私も疲れた時なんかは実際そう思って自分自身にやってしまう事がありますが、この思考は何も生まれません。ここで止まっているのは一番危険だと察知して欲しいと思います。

私が経験している事、それを過ぎ去った過去だと振り返りもせずに先に進んでしまったらそこに居る人たちは存在意義を失い、知らず知らずのうちに傷ついてしまいます。経験した事が幸せなことでも不幸であったことでも身につけて一緒に背負い磨いていくことで感謝すること、人の厚みは増していき自分を大切にする方法が身につくはずです。

恐れること=自分を信用していない

怖がって何もしないこと、恥ずかしいと思ったり笑われたりするのが嫌だ。すごく分かる部分とそうでない部分が私には見え隠れしています。私自身真面目か不真面目かと言ったらもちろん不真面目だと思いますし、天才か馬鹿かと言ったら完全に馬鹿です。実際そうでなくても一生そう思って生きていきたいです。ある意味”羞恥”に気づかずに生きていけたら信用するしないの判断は生まれません。

でもそうなんです。そもそも恥ずかしい、怖いの判断が何かをやる前から付けられないので自分を信じる信じないの選択すらないのです。ある意味悲しいですが…

『”計画”という盾を構え、”実行”という矛を持つ』←なんか格言みたい…

そういう表現があるのならば私の装備は”おなべのふた”と”はぐれメタルの剣”と言ったところでしょうか?コマンドが”猪突猛進”しかないような私には守る方法よりも自分の力を信じるほかないのです。当たって砕けて、砕けて…良いか悪いかは判断できませんが、私の性格上、真面目とも天才とも行かないようです。

なので、ポジティブに考えて恐れないこと、恥ずかしがらないことを掲げて生きています。

重圧があること=羨ましいこと

プレッシャーを感じることってとてもネガティヴなイメージがあります。人によっては『期待しているから』と言う意味で責任というプレッシャーをかける人もいます。

私はこう思います。逆に一生プレッシャーをかけられない人。その人はとても可哀想であると。そんな人がいるとは思いませんが、そんな人がいるとしたら何も生産することなく生涯を終えていくんだと思います。とても悲しいですよね。

私は現状、仕事でも人間関係でもプレッシャー(重圧)を抱えています。ただ期待という意味は全くと言っていいほどなくて、出来ない仕事の処理、人間関係においては愚痴を聞く側、時に板挟みになることもあります。キャパシティーを超えることだってあります。

『〜〜〜〜〜っっもう〜〜〜〜!!!!』

そんな心の雄叫びを上げることもありますが、そんな時にはひと息ついて『ピンチはチャンス』と捉えながら、凹むならとことん凹んだ方が上に登る、前に進む伸び代があるものだと、口に出して自分を慰め自己暗示しています。現に今まで何かに挑戦することを諦めたことはありません。(挫折は別です…)

このプレッシャーがある事が私にとっては嬉しいことであり、感動や人としての厚みをつけてくれる方法であり、それに耐え上り詰められたのなら自分を好きになれる、周りにも与えられる存在になるシンプルで簡単な方法なのです。

失敗から得るものはあるが、成功から得られるものはほとんどない

ありきたりな表現ですが、私はこの言葉は本当に理にかなっているなぁって感心しています。

失敗と聞くと避けたいですよね?でも失敗…例えを人にしてみます。喧嘩(言ったら傷ついてしまうような事)をしたとします。そこではお互いがマイナスです。これが双方憎み合うことで終わってしまったのなら双方が失敗という反省をしていないという証拠になります。つまりマイナスで事が終了してしまいます。片方が失敗した時がついたのならば”気をつけよう”という失敗からの改善と相手はその気持ちを汲み上げてくれる事で物事がプラスに動き始めようとします。勝ち負けではないですが、行動を仕掛けた方が得るものが大きいです。
お互いが『ごめんなさい』と言えたのなら次は繰り返さないようにお互いが成長するはずです。

中には喧嘩した事で言えた事がスッキリだと成功のような感覚を持ったのであれば同じ事をまた繰り返し相手の気分をさらに害してしまうと思います。

例えが例えですが、仕事や趣味、何事にも言える事です。そこに爆発的な向上心や探究心、失敗しても行動する力が強い人は魅力的な人であると私は言えます。

最後に
自分を好きになれるといことは自分を律して、重圧という負荷をかけながらがむしゃらに挑戦し続けられる人。その重圧を跳ね除けて上り詰める人。私はそう思います。
周りの人が憎い、恥ずかしい、怖い、そう思っている人は自分自身が憎い、恥ずかしい、怖い、そういう姿になっているのかもしれません。私も時々反省をします。反省で終わることなく繋いでいきます。
最後には相手を大事にできている自分が好きでいられるように…。

と、いつまでも自分に言い聞かせていたいと思いぼやいてみました。

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