【普通の人になりたい】普通を求める、求められる。そもそも普通とは何?

普通になりたい

先に言うと”世の中に普通という平均値はない”とでも言っておいたほうが良いかもしれません。
「私普通の人になりたい。普通に暮らしたい。もっと普通になって!普通の人と結婚したい。」こんな会話に遭遇した人がほとんどだと思います。この普通というのは何をもってして普通というのか?

普通というのは”普通でないことを認識”するところから

普通=珍しくない、大多数、同じという意味と同じという認識です。言い換えると普通に人と上手く同調ができるとても器用な人。それを求めず、求めない人のことだと思います。
もっと言うと”個性のない人”を指します。なので決して良いイメージばかりではありません。
普通を望むのなら、自分は普通ではない。良くも悪くも個性がある。その事実を認めなければいけません。

普通を求める・求められる

普通を求めるということは求めた側は普通でなければなりません。求められた側はどうするかというと異常を演じなければなりません。そうしなければ相手が普通という指標が立てられないからです。
私自身普通を求められることのほうが多いのですが、求める側を観察すると決して普通ではないことがほとんどです。なのでそういうシチュエーションになった時、真面目にもバカをやるにも異常な姿を演じることが多いです。

結果、自分にとってその場の”良い悪いの判断”でしかない

普通の人や人生とは、異常を察知した時に上振れ下振れを正常に戻すための手段だと思います。

”敵を知り己を知れば百戦殆からず”

自分に普通を求めるのであれば自分の現状を知り認めるところから。相手に普通を求めるとしても同じく自分がそう言える現状があるのかどうか?相手に求めるということは、その相手が異常であることを認めさせる。体裁や都合だとしてもそう見続けなければ、相手が気づいたら異常を異常で演じ続けなければなりません。つまり”普通”なんてものはなかなか見つけられないものであり、あるものではありません。見つけたとしても、見つけられそうだとしても求めて求められて良いものなど一つもないことだということです。

そしてもう一つ。普通を求める時にはすでにマイナスになっているケースの方が多いです。嬉しい時や満たされている時には普通などとは考えることはそうそうないはずです。事が良くない方向に進んでいきそうになったら、何か自身に不幸が降り掛かってきた時に思うことだと思います。

普通とは何?

では普通とは?何と比べて普通なのか異常なのか?その度合なだけで、誰もが異常なのだと思います。優れていて、劣っていて異常なのかどうか?普通なんてそこにはありません。
ただ、同じことを綴ってしまいますが、誰か大切な人が求めてきた時には、何か指摘されるような事態になったときも異常で演じてあげて欲しいと思います。その行為がいつか本当に悩んでいることだとしたら相手は気づき、普通とは違う正常な判断で良し悪しの判断ができるのだと思います。
普通に接することなく気づかせてあげられたほうが正解へと導きさせやすいのだと思います。
求められるということは見られているということです。意識もしていることでしょう。それはいつか本人の反省にもつながることだと思います。

ちなみに私の周りには異常な人ばかりなので毎日なんだかんだ楽しく充実しています。

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