受験生を持つ親になりますが、我が子は勉強が大の苦手、周りからもあり得ない成績だと言われながらも苦労して奮闘して高校受験で見事合格をしました。
本人(息子)を私を含め大人が追い詰めてしまうこともありました。
「遊んでる暇はない!」と好きなこと<絵を描くこと>を中断させて、それくらい緊迫した周りからの重圧と私がその空気を察してしまったことでものすごく苦しみ抜いた受験の一年になりました。
プライベートな話でショッキングな内容にもなるのでこの記事を書く前に本人(息子)には了承を得て書くことにしました。
そして「下には下がいるから励ましてあげて!」といってくれたのならばこれからの受験生の励みになるような恥ずかしながらも必ず力になる。洗いざらい受験のリアルをお話ししようと思います。
高校入試に向けた準備
まず息子の話をする前に高校入試に向けてこんなふうに誰しもハードルが立ち塞がっています。
・中学校課程を修了できる(義務教育だからOK)
・内申点や偏差値といった勉強と生活態度の総合力
・先生、家族との話し合いと相談
これらは避けて通れないですし、かといって当たり前のことです。
そして次にまたざっくりと公立と私立高校の仕組みなんかも話しておきます。
公立高校と私立高校の仕組み
公立高校は、地方自治体(市区町村)が運営する高校です。教育委員会が中心となって運営、一定の定員内で地域の生徒を募集します。入学試験は、教育委員会が設ける共通試験を受験することが一般的です。ただし、一部の公立高校では独自の入試制度を設けている場合もあります。公立高校の授業料は、基本的には無料です。
一方、私立高校は、個人や団体が運営する高校です。多くは、進学校やスポーツ校、芸術系校など、特色ある教育を行っています。私立高校は、一般に公立高校よりも入学難易度が高く、入学試験の難易度が高い場合が多いです。入学試験は、学校ごとに独自の試験を行う場合が多く、面接や作文、実技試験なども含まれます。私立高校の授業料は、公立高校に比べて高額である場合があります。
どちらの高校に進学するかは、生徒や保護者の進路選択によって異なります。公立高校は、入学試験が比較的容易であるため、地域の生徒のほとんどが通学しています。一方、私立高校は、特色ある教育や高い教育レベルが魅力的で、一定の条件を満たす生徒が入学を目指しています。
最近の高校進学率は90%超え!?
少し古い情報ですが、高校への進学率は地域によって異なりますが統計で見ると90%以上になります。
ここまでの受験生が持つイメージとしては「ほとんどの人は高校に進学するから僕も(私も)高校へ行きたい。そのためには勉強や学校でのテスト、授業態度で内申を上げて、入試に向けたテスト対策をして偏差値を上げること。上げるだけ上げれば自分が行きたい高校には断然有利。下準備をした後には先生との面談や家族との話し合いで受験生としてベストな進路を選んで入試に挑む。頑張ってみよう。」
そんなところですし、そんな感じではないでしょうか?
内申点がほぼほぼ”オール1”だった彼が選んだ”塾”という選択
と、ここからが本題です。少々荒々しい表現をするかもしれませんが事実なので書いていこうと思います。
なんと我が子、中学3年生時点で”まさかの15″と絶望的な内申点の持ち主でした。内申点が低い場合にはよっぽど理由があります。授業態度が悪いか学力が不足しているかのどちらかです。ただ、息子の場合は両方を極めてしまっていました。かと言ってヤンキーとか不良の悪ガキではない優しい子です。
勉強以外の事に興味をそそられている(スマホ全般)だけの絵を描くことが大好きな子供です。
でも私はそれが息子らしくもあり、一切否定はしません。
”完全自由主義!好きなことを好きにやって生きたらいい!無理はしない!”
私の子育て理論というと大袈裟ですが何かしら息子はそんな私の気持ちをコンタクトしていたのだと思います。ただ、ここから数ヶ月の暗黒時代に進んでいきます。
塾に頼ったらもっと悩んだ。
「進路はどうするんだ?」と話し合いをすると息子の口から、
「時間を大切にしたいから移動の少ない近い高校へ行きたい。」と。
絵を描くことが好きな彼は高校=将来への保険と準備期間と位置付けた考えがありました。素晴らしい考えだと思います。ただ、その近い高校は内申27が最低ライン。内申15では難しい高校だったのです。
なので個別指導の塾へ力を借りに行きました。体験学習を終えて「正直言って15という内申点で行ける高校はないので苦手な教科を克服できるようにサポートするから大丈夫。授業態度を含めて上げれば合格できるから」と父子ともに希望と取れる材料を頂きましたが、現実はそう甘くありませんでした。
半年以上通って夏期講習やなんやかんだで50万近く塾へ投資をしましたが、内申が一つ落ちて14になりました。
これは勉強をしていないから落ちたのではないです。確かに苦手な勉強と向き合っていたのは苦しくても向かっている姿を見ていました。
でなければ本人の表情から生気が抜けていくようなことはありません。
塾に行けばなんとかなるという淡い期待、大人の言葉の力のなさ、励まし方や応援の仕方もわからず、わずか数ヶ月で人間が変わってしまいました。
塾へ行ったら性格が暗くなり、良からぬことをしてしまった
塾へ通い詰めて数ヶ月、入試も間近に近づいた頃、学習状況の面談があったので近況を聞くと「腹を割ってお話ししましょう…生活態度がだめ。そして難しい子だ」と言われました。自分の子なので自分のことのように捉え噛み砕いて考えると(この塾の先生おかしなこと言ってるな…)とも感じ取れました。(…勉強のこと何一つ言ってないじゃん…)
我慢して聞いている息子の表情を見て冷静になって私はこう言いました。ってか言ってやりました。
「先生、私も息子も塾へ来た時に言われた”大丈夫”や”サポートする”という言葉に期待を寄せて、苦手な勉強を克服できるように言い方悪いけれど契約をしたんです。そして困っていることは認識していましたよね?学習状況の面談?難しい子?何が言いたいんですか?更生する場所じゃないんです。学校ではないんです。塾の先生が評価して生徒のやる気を削いでいいわけないですよね?息子と本当に同じベクトルを持って今発言をなさっていますか?」
塾の先生は顔が真っ赤です。
「お父さん!甘いっ!」
あっ、キレました。先生。
「そもそも先生、”腹を割って話す”と言っといて私と息子は割っては行けない話ですか?今までの発言は納得できるものがない説得というよりも押し付けに感じてしまいます。腹を割って正直にいうと私と息子が学習状況の面談と聞いて先生と対話することとは程遠い”難しい子”と片づけられてしまいそうで、息子にはっきりと聞こえるように発した言葉に対しての意見です。怒っていっているわけではありません。(かなり怒っていますが)これは”面談”ではなく”人格否定”の場になっていませんか?」
私はこの大切な時期、塾内での面談でしたので残っている生徒に影響がないように、これ以上得の無い話、互いがストレスになることを避けるため話をやめて引き上げました。先生ならその意図が通じたのかと思っていましたが、その後この話でトラブルにもなったようです。私の見立ての通り、この先生、この日から息子に対してそっけなくなったようです。申し訳なくも思います。でも情けない。
その後息子は「塾の先生を見返してやりたい」と奮起する方法を探し頑張った息子は1ヶ月ほど塾に通いましたが、何かがプツンとキレてしまい、誕生日の1日前、学校に向かったはずなのに自◯未遂。たまたま近所の人がその瞬間に声をかけてくれてその行為がとどまりました。
悔しいです。特に本人も。悲しいです。その日からもう勉強に対しても何も言わないようにしました。塾も辞めさせました。大切なのは息子らしくやること。そう思っていた。それだけなのに私もものすごい圧を与えていたのは事実でその時も言葉にできないくらい、今も自分を戒めたくなるくらい嫌な思い出です。
さらにはその事実を学校にも塾にも話をしました。塾の先生はやばいと思ったのかあまり干渉せずに「何もできなくてごめんなさい。頑張ってくださいね。応援してます。」電話でのやり取りの中、先生の口角が上がっているかのように皮肉に言葉が耳を通じて聞こえたのは悪魔の囁きにも聞こえました。
真面目な人間には塾というビジネスは悪そのもの
我が家の実体験であって、塾の先生と生徒の相性だってあります。全てを否定するわけではありませんが、私としては高校入試と塾をセットで考えたときに、どんなに優れた塾の先生であっても頼ることはしません。先生方には批判はされるかもしれませんが、学校の先生と塾の先生の人格が混ざり合った瞬間に子供は悩みます。話を聞くコントロールが出来る子ならまだしも、それができない素直な子供には混乱しか招きません。真面目な子は話半分に人の話を聞けないと思います。そして、間違いなく内申点をつけるのは学校の先生、高校へ推薦してくれるのも先生、高校の紹介も先生。塾の先生では立ち入ることができません。
たとえ担任の先生が苦手であっても高校への影響力はその先生が力になります。
だからこそ塾に通うにもしっかりと選択したほうが良いと思いました。
大丈夫!定員割れがあるから
この記事の結論はここにあります。それが”定員割れ”と二次募集”についてです。
私もこの仕組みが最初からわかっていればどれほど楽だったのか、決して安易に考えすぎてはいけませんが、こういった現代の少子化問題と合わせた定義があります。
高校の”定員割れ”
高校の定員割れとは、
高校定員割れとは、定員よりも受験者数が少なく、空きが生じる状態を指します。高校入試において、各学校に定められた定員内で合格者を決定する方式がとられています。しかし、近年は少子高齢化や進路選択の多様化などの影響により、多くの学校で定員割れが発生するようになっています。定員割れが発生すると、学校側は入学希望者が定員数に達しないため、入学を希望する生徒の中から選抜を行うことができます。一方で、定員割れが続くと、その学校の存続が危ぶまれることもあります。
つまり、高校数や先生の数よりも生徒が不足していることを指しています。
高校の”二次募集”
高校の入学希望者が定員に満たなかった場合、その空き枠を争うために「二次募集」という制度があります。 具体的には、入試の結果によっては志願校に落ちてしまった生徒や、進路変更を考えた生徒が再度出願することができますが、二次募集は定員に満たない場合に限られ、各学校が決めた期間内に出願する必要があります。
つまり、一般入試を終えてもまだ高校側に定員割れがある以上、高校の運営の存続などの観点によりなんとしてでも生徒に入ってほしいという試みがあるということです。
みんな必ずと言っていい。高校へは行けます。
前述の通り、日本の高校に対して新入生の割合が低いんです。高校のレベルによっては(特に高いレベルの学校)定員割れしてでも募集を締め切ることがあるようですが、高校の大半は生徒募集締め切ることなく新学期を近年迎えています。
(1)大学進学に向け有利な高校に行きたい生徒は自然に勉強の必要性がわかっていると思います。
(2)一芸・スポーツを強い高校に行って磨きたいのならばやるべきことはわかっているはず。
(3)専門性の高い高校に行き知識を得たいのなら気がついているはずです。
(4)どこでもいい。とにかく高校へ行きたいのなら担任の先生がベストな選択をしてくれるでしょう。
(5)親を楽させてあげたい。だからすぐに稼ぎたい。それなら夜間、定時制、高卒認定はもらえます。
例えば上記5つの選択肢があるのであれば(1)(2)は先生以外の力を借りてでも出来る力、私たちが体験したような塾との関係にならないこと、有利に大人を使う方法は必須かと思いますが、(3)(4)(5)に関して言ってしまえばありのままの自分の自然な力や自分らしさという表現で高校に行けるはずです。
ちなみに息子は内申点が15のまま超内申点型の高校、それも25〜27は内申点がほしいところの高校へ合格できたんです。頑張りました。道中結果が伴わなくても息子自身が問題視して息子なりの方法で学力の進歩がなかったとしても、誰よりも苦悩したのは計り知れないくらいの努力だと思います。
心を壊してしまうほどの博打だって経験をさせてしまいました。
持病である潰瘍性大腸炎も入院・手術があって学校へ行けないハンデだってありました。私のことがプレッシャーになって負けそうにもなりました。本当申し訳なく思っています。もし、高校に行けなかったという結果になったら私なりではありますが、絵が好きな息子のために用意していたテーブルを出そうと、親が弱気になって考えることもありました。ただ結果、息子は勝ったんです。
綺麗ではありませんが、私が今でもこの一年の節目節目を思い出すと泣けるくらい息子が自らの引き出しの中で作った”サクセスストーリー”なんです。
最後に
息子はこの記事を見て”リアルだなぁ”と言っていますが、現実はもっとドロドロしていました。私も表現が苦手な部分があったり難しく聞こえたりするところもあります。変に伝わってしまうようなことがあればごめんなさい。
ただ明らかに周りの同級生を見ても息子より成績が悪い子がいなかったことは事実です。自慢することではないですが、それでも「記事にしていいよ」と言ってくれた背景にはこれから先、受験を控えている親子に対して同じ思いをして欲しくないのと、とにかく実力の範囲内で勉強はすること。浮かれているようですが、頑張った結果と恥ずかしいことをしてしまった自分(息子)の戒めのためにとの思いで息子のプライベートを公開、アドバイスと記事にすることへの了承をもらいました。
もう「子供のくせにぃ」ってバカにできません。立派になった息子の言葉の意味が強く感じています。
最後に冷静に息子が「僕みたいなので受かるんだからみんなが高校には行けるはずだよ。」と「そんなことないよ。頑張ったんだから。」と否定できずに納得せざるを得ない状況に感銘を受けました。
そんなお話でした。
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