親友との会話の中で始まりました
もう小学校の時からのずっと仲良くさせてもらっている親友、家族みたいな親友です。毎日と言うほど一緒にいた彼と、今となってはお互いに家族を持ち連絡をちょくちょく取り合いながら接してもらっていますが、若い時には若いなりの夢
『俺、BIGになるぜ!』
みたいな夢を語り合っていろんな事を共有していつかこうなりたいって目指すものがありました。言っても20代前半の話になってしまいますが…。
どんどん現実的になってしまった中で見いだせたもの
時の流れは早いもので、気づけばもう30代後半になりました。
自由奔放とはいかない縛られたような日々、マンネリしている中で彼と話をしていると年齢のこともそうですし、現実と言う空間さえ忘れられる時間を与えてくれます。
感謝しかないです本当に。
ただ、もう大人なんです。徐々にそういった時間はなくなり現実を現実として捉える時間が増えるばかりです。
その貴重な会話の時間の中で彼は言います。
『今まで、今やっている楽しい事をいろんな人に伝えて、何かヒントにしてもらえるような事を自分たちを含めしていけたら将来本当にやりたい夢や目標がたてられるんじゃないか?』
こんな会話は彼とは日常茶飯事なのですが、自分も分かっている事です。
でも、何か今回だけは引っかかるものがありました。
普通と思っている事が普通ではない事を知った
サラリーマンなので拘束時間の作業を終え(言い方に会社愛がなく聞こえてしまいますがそう言うわけではありません)家に帰ってきてお風呂に入り、家族との会話、スイッチをやる、自分が作ったウッドデッキの様子、くつろいで、花、ちょっとした家庭菜園、就寝時間前のアコースティックギターを構えて歌う事。
休日に特にやる事がなければゴルフ練習、掃除、料理の研究、DIY、BBQ、子供の面倒?
あまり見ていないような気がします。何か自分がしていることに興味を示してくれたら一緒にやるくらいで、みんな周りが見えてこんな父親より人間できている良い子です。
こんな生活を周りに話したら、
『そんなにやる事があるの?』
『ギターが弾けるの?』
『ウッドデッキ自分で作ったの?』
『ゴルフやるんだぁ!』
『料理するの?意外だなぁ!』
『奥さんが大変そうだなぁ。』
『花なんて似合わないわ〜』
反応は様々ではありますが、お世辞でも『すごいっ』っていってもらえることの方が多いことに自分は驚きでした。確かにやり切るために馬力を出してやることもたまにはあります。でも自分の中では普通だし、世の中見たらすごいって思えることの方が自分には多いんです。でも褒められて嫌な人はいません。ただ嬉しいです。
もっと褒められたい、すごいって言ってもらいたい
心の奥底にはあります。だから小さな頃から夢があるし、認められたらその夢が膨らみ目標にして頑張れるんだと思います。叶うことなくてもそうしてきました。
お世辞でも良いんです。褒められたということと、親友が言ってくれた言葉、この2つが今回自分の中でリンクして何かしらの表現、行動をしたいと思いました。
そのきっかけの中に嫁さんのお婆さんが書き綴った40年の日記をたまたま見る機会がありました。40年ですよ!しかも毎日欠かすことなく書き綴っていました。
自分が生まれる前から書かれていた日記。当時こんなこと思っていたんだ、こんな凄いこと、嬉し悲しかったこと、怒った許したこと、これは感動ものです。
『日記かぁ…あ…あっ!これだ!』
自分が40年後、もう爺さんですが、誰かが読み返してくれた時にその誰かが同じ反応をしてくれていると思うとドキドキします。ブログを始めるきっかけはそこにありました。
初めて1ヶ月が経ちました
日記を書くことも、パソコンを使ってやることだって初めてですが、いろんなツールを使って1ヶ月継続して日記を書く事ができました。
正直飽きてやめてしまうのではないか思っていましたが、これで51記事目です。
自分に対して言えることは『日記を書かなければならない=何か行動しよう!』と思える事です。疲れます。でもいまだかつてない充実を感じています。楽しいです。
他の誰かに言いたい事は『もっと見てください。意見もください。』という事です。
知らない人が見てくれていると思うと、頑張らないとってある程度の緊張感を持って行動したいと思えるし、ある意味で”限界突破”した自分もこの1ヶ月の中で見つける事ができました。
まだまだ慣れないことばかりではありますがよろしくお願いします。
引き続き楽しく頑張って行こうかと思います。
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